「三高で野球ができているのは、親や沢村先生はもちろん(小倉全由)監督さん、(コーチの)三木(有造)さんのおかげです」
山崎は病名を告げられた時点で日大三高入学を半分以上あきらめていた。野球ができるどころか、日常生活すらままならなくなる可能性がある選手を受け入れてくれるはずがないと思ったからだ。だからといって、病気のことを黙っているわけにはいかない。すべてを話すために小倉監督に電話をした。ところが、小倉監督の反応は全く予想していないものだった。
「病気が治るまで待ってるから。手術、頑張ってこいよ」
受話器を持つ手が震えた。自然と涙が溢れた。入院前には、小倉監督から便せん何枚にもなる長文の手紙ももらった。「手術頑張れ」と書かれたその手紙は、今でも宝物だ。
スポーツナビ | 野球|2009 夏の高校野球|コラム|甲子園でプレーできる奇跡〜日大三高・山崎福也〜
いい監督すぎる!こういうのがあるから、高校野球はなんかまともに見られないというか、切なすぎて斜め下みちゃうっていうか…